7月号 希望の働きは平和へ,正義の働きも平和へ

正義と平和委員会 片寄幸代

遠い遠い昔に言われた言葉「もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているのか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と。これは、イエスが弟子達に約束した言葉です。友という人格はイエスにとって相応しい呼び名だった。今では私達との約束です。出会うあの人この人と、あの国この国の人々と正しい関係を持つようにと。信頼が生まれ育てられるようにと。この関係は、自由な呼応と持続と責任から生まれる正義と呼ばれるものではないでしょうか。

3・11東日本大震災、東京電力福島原発事故後、「いてもたってもいられなくて来た」と言う声は国会議事堂前駅を満杯にした。馴染みのない顔のなかにいても心地よかった。自分とは関係ないと思うような話題はなかった。原発は、安全な暮らしの電気と危険な放射性物質・放射性廃棄物をつくる。その原発と米軍基地・自衛隊基地と地震の多い日本列島に住んでいることを自覚した。「沈黙は金なり」は場違いの声だと思った。多くは敬老者なのに元気一杯。ベビーブーム世代の目覚めかも知れない。道路交通法と警察官に身守られて??? フランスデモは今は不可能。一方、様々な陳情団体もいる。報道機関は中立を主張するなら全てを知らせればよいと思う。

「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな、おびえるな。わたしは去って行くが、またあなたがたのところへ戻って来る」と。これも私達との約束です。未知からやってくる希望。希望はイエスが戻って来ること、誰にも踏まれていない道を歩いて戻って来ること。頑な道を歩いている私達に通ったことのない道を知らせる希望となって戻って来ること。

「命ぬちどぅ宝」(沖縄の言)の目的は、正義と希望の働きで友同士が平和をつくることだと思います。剣をさやに納める準備の道を歩まなければならない今日です。