8・9月号 永遠の若さってあるの?
助任司祭 ガル ブブン
先日、松原教会の創立60周年記念ミサが行われ、子どもからご高齢の方まで、多くの方が集まりました。強い日差しの中でも、皆で準備を分担し、喜のうちにミサとパーティーを迎えられたことに、教会という共同体の温かさと力強さを感じました。
ご高齢の信者の中には、80歳・90歳を超えても「若々しさ」を感じさせる方が何人もいらっしゃいます。しわの奥に光るまなざし、他者を思いやる気り、ユーモアを忘れない語りかけ――そうした姿には、年齢を超えた「深いさ」が宿っているように思えます。
神学校の授業で、ある神父様がふとこうおっしゃいました。「たぶん天国では、人はこの世でいちばん輝いていた姿で復活すると思うよ。イエス様も復活のとき、すぐには誰にも気づかれなかっただろう? きっと少し見た目がアップグレードされてたんだよ」と、目を細めて笑っておられました。
その言葉を聞いて、私は心がふっと軽くなりました。復活とは、単なる「元通り」ではなく、神の愛のうちに「より良いものに変えられること」なのだと感じたからです。
年齢を重ねると、体は疲れやすくなり、記憶もあいまいになります。でも、愛が生きている心は老いません。優しさに満ちたまなざし、明るい言葉、誰かのために差し出す手、静かに祈る姿――そのような生き方こそ、永遠の若さを形づくるのではないでしょうか。
もしかすると、神はそうした「心の若さ」をこそ大切にご覧になっているのかもしれません。そして、その人のいちばん美しかった姿として、復活のときに映し出してくださるのではないでしょうか。
……そう考えると、「一番よかった時の姿」で復活するのが本当なら、もう少し早く筋トレしておけばよかったな、なんて思ってしまいます(笑)。
主にある希望とともに。
