11月号 聖書のみことばと信徒代表

信徒代表 橘 晴子

2年前の秋のある日、ごミサの始まる前の時間に呼び止められて次期信徒代表のお話を頂きました。寝耳に水とはこのこととばかり、すっかり驚いてしまい、また、不勉強な自分に務まるとは到底思えずおくびょうな気持ちに支配されてなんだかハラハラドキドキしたまま、ごミサにあずかることとなりました。

その日の第二朗読は、テモテの教会への手紙二1:6-8でした。「(愛する者よ、)私が手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃え立たせるように勧めます。神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。…」とあり、朝から二回目の大きな驚きでした。パウロが重責に就かれる方を励まされた箇所で次元が違うとわかりつつもこのタイミングで読まれたことで私の心に強く響きました。ほかの日であったらなんとなく読み過ごしてしまうのかなと、神様の計らいに驚くばかりでしたので、みことばに背中をドーンと押されてお引き受けさせていただきました。

聖書の中にはたくさんの大好きな箇所がありますが、特に「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」(テサロニケ一5:16-18)を大切にしてきました。ちょうど、コロナ禍の大変な時期を乗越えつつあり、段々と活動が再開できるようになってきたところでしたので、今までは普通のことと思っていた皆さんが教会に集える喜びをあらためて感じることができました。とはいえ、久しぶりの行事ばかりで、迷走しがちでしたが、その都度いろいろな方々が、いろいろな方法で導いてくださり、「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」(マタイ18:20)を実感することが多々あり、皆さんのお力が2倍にも3倍にも感じられました。

本当にどちらを向いても感謝ばかりの2年間でした。教会の発展を祈りつつ感謝のうちに次の方へバトンをお渡しします。