6月号 共に歩みましょう

主任司祭 ウィフリデュス・ガッラ

松原教会に派遣された時ちょうどシノドスのプロセスが始まりました。シノドスは〈共に歩む〉という意味で本当に私にとってカトリック教会の特徴だと思います。シノドスのプロセスの中に教皇フランシスコはシノドスを特徴づける三つの動詞、「出会う」「聞く」「識別する」を強調しました。

出会い 福音書の中で、私たちはしばしば、旅に出るイエスが道中で出会う人々との出会いに心を開き、彼らの前に立ち、彼らの問いに関心を寄せている姿を目にします。教皇は、イエスと同じように、「私たちも出会いの芸術の専門家になるよう求められています」と述べました。そのためには、神に心を開き、祈りと礼拝の時間をとり、聖霊の語りかけに耳を傾けることが必要です。

聞く 教皇フランシスコは、真の出会いは他者の声に耳を傾けることによってのみ得られるとし、イエスは耳だけでなく心で耳を傾けられると指摘されました。私たちがイエスに倣って心で聴くとき、「人々は裁かれているのではなく、聴いてもらっていると感じ、自分の経験や霊的な旅を自由に語ることができるのです」。

識別する 教皇フランシスコは、「出会いと傾聴はそれ自体が目的ではなく」、識別につながらなければならないと主張しました。「私たちが対話に入るときはいつも、私たち自身が挑戦され、旅路を進むことを許しているのです」。

実際は多くの場合、人は人生の中で一人、暗闇の中を歩いています。神との関係も、人々との関係もありません。そして、自分を導く真理や価値観も持っていないのです。この美しい教会にひざまずいて、私たちはどんなに喜ぶべきことでしょう。愛が私たちを見つけたのです。イエスの愛、私たちが信仰によって知る愛、そしてその真実と愛が人生の旅路に私たちを導いてくれるのです。

私たちの前にあるのは 単なるパンや主の象徴ではなく 本当に主の体、血、魂、そして神性、個人的な存在、イエスの心が私たちの心に語りかけるように。私たちは霊的に、そして共に歩み、キリストと共に歩み、キリストの体である教会を建て、道であり真理であり命であるキリストを証ししていきましょう。