「鐘」巻頭言 2017年

12月号 四十二代物語

2017年12月09日
助任司祭 エドガル・ガクタン
 
 今年も松原教会の日曜学校のリーダー達や子ども達が10月からオラトリオ(聖劇)の練習に励んでいる。今年の聖劇の台本は、数年ぶりに最初の部分だけ変えた。出演者の人数や年齢による改訂もあるが、最も重要な改訂配慮は、現世界の状況である。なぜなら、聖劇はこの世界にイエスの誕生がもたらす良きたよりを告げ知らせたいからだ。
 
 話は変わるが、松原教会には一年かかり、3学期に分かれる入門講座がある。第一期は、「自分に出会い」、“いのちは、どこから?”“本当の自分とは?”など問う。第二期は、「キリストに出会い」、マルコによる福音を通読する。第三期は「教会に出会い」、復活祭に受洗を望む方の準備期間となる。
 
 第二期は、9月から始まり、クリスマスの一週間前に終わる。この学期の最後の2セッションは、それぞれマタイ福音書の1−2章とルカ福音書の1−2章が読まれ、ある受講者にとってはじめて聖書にあるイエスの誕生物語を読む機会となる。
 
 イエスの誕生物語は、マルコとヨハネ両福音書には無く、マタイとルカ両福音書だけにある。一方、マタイによる誕生物語には博士達が、他方、ルカには羊飼い達が登場する。これは、四福音書の書かれた時代、又それぞれの記者の書き方や強調したい思いが異なるからである。
 
 聖劇の台本に戻るが、これはマタイとルカによる両福音書に基づくものだ。
 
 待降節に当たり、マタイ福音書の1章をゆっくり読むのをすすめたい。1章17節の「こうして、全部合わせるとアブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまで十四代である」を吟味してほしい。第三組のバビロン移住からキリストまでの世代数が合わず、十三代しかない。十四代目は、教会、即ち洗礼を受けた者の共同体なのである、という説明もある。
 日曜学校は小教区の縮図だ。聖劇の練習開始から本番まで数々のミニ物語が起こる。例えば、役を選んだり、本番に来なかった子の役を果たしたり、台詞をよく暗記したりする。私たち信者皆もそれぞれの生活舞台でイエスと共に役を演じるのである。