3月号 教会のマーケティング

信仰養成委員会 佐々木 康浩

僕は小学校4年生の時、寝るのがとても怖かったです。このまま目覚めないのではないか。死んだらどうなるのだろうと考えてしまって。それ以来、タイマーをかけたラジオを聞きながら寝るようになりました。

幸い、僕は中学校でキリスト教と出会いました(受洗したのは約4年前ですけれど)。その結果、死ぬことは怖くなくなりました。むしろ、いかに生きるべきかのほうが難しくて眠れないことはあります。

未だに年間で約2万人もの方々が自死されています。また、厚生労働省の統計によれば、うつ病などの気分障害の方は約120万人、ストレス等から来る不安障害の方も約80万人おられます。児童虐待の件数も事件と認定されている数だけで年間に千数百件あるそうです。直接の被害者は子どもたちですが、病んでいるのは親世代です。

このように現代は、まさに不安な社会です。日本中の方々が不安で仕方がないのです。

これらの社会的課題に対応すべく、公的なものや草の根的なものなど、様々な支援活動が展開されています。松原教会の信徒の方々でも、こうした活動に積極的に参加されている方が数多くいらっしゃいます。

一方、宗教は、キリスト教は、松原教会は、人々の不安解消に向けて何かアクションできないのだろうかと考えてしまいます。カトリック信者を増やしたい。そのためには、求道者を増やす必要があります。教会外の方々に対するアプローチを考える、一種のマーケティングが求められます。

教会は商業活動ではないのだから、民間企業のようにマーケティングなどを考えるのはけしからんと、眉をひそめる方が多いとは思います。

約20年前に僕は仕事で、公共図書館のあり方を議論したことがあります。その際、図書館のマーケティングという概念を持ち出しました。司書や図書館界の方々から反発を受けました。図書館のあり方というのは、何十年も前から、かくあるべしというスタイルが決まっていて学問としても図書館学として確立していると言うのです。

マーケティングといっても物を売るわけではなく、顧客は誰なのか、顧客が欲しがる価値のあるモノは何なのか、どのように顧客を増やすことが出来るのかを徹底的に考えるという方法論なのです。

議論の結果、「課題解決型図書館」と呼ばれる提案を導くことが出来ました。今では、公共図書館の一つのあり方として認められています。

図書館の姿は数十年・数百年単位で変化してきました。まずは本を保管する蔵書機能が主でした。次に情報アクセスの保証という考え方あるいは市民が図書館の主体という運動の提唱から本の貸し出しが中心となります。最近は、セミナーを開いたり専門の相談員を置いたりするなど、市民の課題解決のため「活動」が主体となりつつあります。

試しに、マーケティングの手法4P(Place、Product、Promotion、Price)を使って、教会外へのアプローチ法を考えてみましょう。松原教会では、本館の改修工事が進み、「活動室」が増えます。この活動室を使った「若者向けの聖書講座」を夜間に行ってはどうでしょう。その案内をTwitterで告知します。もちろん費用は無料です。

自分だけ救われれば安心だ、教会は開かれているから来たくなったら来れば良いという自分中心・待ちの姿勢で良いのでしょうか。

お叱りを受けそうなので、そろそろ妄想は止めますが、公共図書館ですら変わりつつあります。教会が変われないはずはないと思います。

一方、人手不足であることも事実です。このような対外的な活動を新しくやるのは難しいかもしれません。より多くの信徒の方々の少しずつ分担しての協力が不可欠です。連絡手段や活動の情報共有などを高度化し、時間を効率的に使うような工夫が求められます。

信者5年生の僕の宿題として考え続けていきたいと思います。