4月号 どうして祈りを止めてはいけないのでしょうか

どうして祈りを止めてはいけないのでしょうか

助任司祭 ガル・ブブン

私はまだ小神学校にいる時に、一つの疑問がありました。その疑問は祈りに対してでした。その時にどのように祈りは私達の生活の中に影響があるかということを考えていました。ある日、一冊の本を見つけて、その本の中に祈りのたとえ話がありました。そのたとえ話を読んだ後、何となく、祈りの効果が分かるような気がしました。

一人の若い修行僧がいて、彼も祈りに関して疑問がありました。彼が、「いくら祈っても、神様が私の祈りを聞いてくれない」それで、彼は彼の師匠のお坊さんにアドバイスを願いました。

残念ながら、師匠のお坊さんはアドバイスをする代わりに、一つの指示をその若い修行僧に出しました。「明日の朝から、あなたはこの二つの桶を使って、川から水をくんで、あの小さな丘の上に持って行って下さい。」と命じられました。ところが、その二つの桶(おけ)はもう古くて、色は炭のような色で、全体に小さな穴がたくさんあいていました。穴がいっぱいありますので、いつも丘の上に辿り着くころには桶の中の水は十分の一もないと彼は気が付きました。でも、彼は文句を言わずに、師匠のお坊さんが言った通り、その義務をやりとげました。

しばらく時間が絶つと、彼はもう我慢できなくなって、お坊さんに面と向かって文句を言いました。彼にとっては今まで、彼のすべての努力や時間は無駄だったと。しかし、お坊さんは彼に言いました。「ご苦労様でした。あなたのお陰で、その二つの桶は川で水をくむたびに、その桶は川の水で汚れが取れて、綺麗になってきたよ。しかも、あなたが毎日通っている道で、穴から漏れた水で、道端の花も水をもらって、綺麗に育ったよ。そして、あの丘の上にある小さい池の中に集められた水は、そんなに多くないけど、生き物のために助かっていると思うよ。最後に、多分あなたは知らないうちに、その活動は良い運動になって、あなたの体のも前よりもっと強くなってきたよ」。

私達の祈りの働き方の効果は、先ほどの例え話に似ていると思います。皆さん、この時期だからこそ、絶えず祈りを捧げましょう。もし、私達が忠実に心より祈っても、私達のお願い事は目に見えて実現しないことも多いと思いますが、私達の人生の中で、神様への祈りに対する働きが無意識に、見えないところで生かされ、現されていると信じています。