用語豆辞典

 

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   参考文献
   現代カトリック事典(エンデルレ書店)
   キリスト教を知る事典(外村民彦著、教文館)

 

 

 

「まことににその通り」「確かにそのようでありますように」と言う意味のヘブライ語です。お祈りなどの終りに、その内容を確認する言葉として唱えます。もともとユダヤ教の会堂で使われていたものを使徒時代にキリスト教に取り入れて、聖書の朗読や典礼に使われるようになりました。イエス・キリストも「山上の説教」などでたびたび使っています。に使われるようになりました。イエス・キリストも「山上の説教」などでたびたび使っています。
キリスト教にはカトリック、正教会、英国教会、プロテスタントなどの教派に分裂されていますが、20世紀になって「キリスト教会の一致」を目ざす動きが活発化してきました。その運動を「エキュメニカル運動」あるいは「世界教会運動」と呼んでいます。同じイエス・キリストを信じる者として、同席して祈りをし、会合を持ち、社会的運動にも協力して参加しています。 また、エキメニズムを広く見ると、ただキリスト教だけでなく、世界の諸宗教の交流、理解も深まってきています。
カトリック教会の司教の座席が設けてある司教座聖堂(大聖堂)のことで、そこが、司教、主教区の中心になります。 日本のカトリックには16の司教座聖堂があり、このうち東京の場合「東京カテドラル聖マリア大聖堂関口教会」と呼ばれています。
カトリック教会が典礼文を歌うのに用いる伝統的な単音旋律の歌です。グレゴリウス1世教皇(在位590-604)によって整理、確定されたところから、この名がついています。その起源ははっきりしませんが、ユダヤ教の音楽から収集したであろうといわれています。受洗者が信仰をはっきりと公言し、表明した信仰に恥じない生活をする事ができるように、聖霊によって強められる秘蹟で、按手と聖香油の塗油と祈りをもって授けられます。司教、または司教から委任された司祭が、受洗者に堅信の秘蹟を授ける儀式を「堅信式」といいます。この式を受ける年齢は地域によってさまざまですが、松原教会では通常中学生以上です。現在の改訂された形は、おもにフランス北部のソレムにあるベネディクト会大修道院の修道士たちの努力とインスピレーションによるものだとされています。
聖ニコラウスのオランダ語発音(Saint Nicolas)がアメリカで一般化した呼び名となったといわれています。4世紀頃、小アジア(今の南トルコ)にあるミラの司教だった聖ニコラウスは、長い間子供たちの守護聖人として尊崇されており、12月6日に子供たちに贈り物をする話とも結びつけられて、サンタクロースとなっていったようです。 聖ニコラウスをクリスマスと関連付けたのは、アメリカに移住したオランダのプロテスタント教徒だったといわれています。
カトリック教会で使われる、仏教の数珠にあたる、環状の祈りの用具です。「ロザリオの祈り」の時に使われます。1個の大きい珠と10個の小さい珠を1連とし、その5連をひもに通して輪にしたもので、端に小さな十字架がついています。 「ロザリオの祈り」とは、念祷と口祷によって聖母マリアをたたえる信心の祈りです。大珠で主の祈りを、小珠で天使祝詞を、聖母マリアとキリストの生涯の喜び、悲しみ、栄光を黙想しながら唱えます。ロザリオは「バラの花冠」の意味です。「霊的なバラの花冠を聖母にささげる」という精神から、ロザリオという言葉が使われるようになりました。
キリスト教の中心教理を示すために使う言葉で、「父なる神」「子なるキリスト」「聖霊」の三位格がひとつ、同等であることをいいます。この三者はそれぞれ異なった神ではなく、一神であるということです。 神はその子イエス・キリストを通し、聖霊によって自ら啓示し、救いのわざをするという教義です。
イスラエルが神の民と選ばれ、シナイ山で神からモーセに与えられた十の掟のことです。出エジプト記第20章3-17には次のように書かれています。
(1)あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
(2)あなたはいかなる像も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに使えたりしてはならない。
(3)あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
(4)安息日を心に留め、これを聖別せよ。いかなる仕事もしてはならない。
(5)あなたの父母を敬え。
(6)殺してはならない。
(7)姦淫してはならない。
(8)盗んではならない。
(9)隣人に関して偽証してはならない。
(10)隣人の家、隣人のものを一切欲してはならない。
イエスはこの十戒を教えの基礎とし、「私が来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、 完成するためである」(マタイ第5章17)とおっしゃっています。従ってこの十戒は、キリスト教徒にとって守るべきものとなっています。
受洗者が信仰をはっきりと公言し、表明した信仰に恥じない生活をする事ができるように、聖霊によって強められる秘蹟で、按手と聖香油の塗油と祈りをもって授けられます。 司教、または司教から委任された司祭が、受洗者に堅信の秘蹟を授ける儀式を「堅信式」といいます。この式を受ける年齢は地域によってさまざまですが、松原教会では通常中学生以上です。
大斎は、1日につき1回だけ十分な食事とそのほかに朝ともう1回わずかな食事をとることができ、満60歳に達するまでのすべての成人が守ります。大斎を守る日は、灰の水曜日と聖金曜日(復活祭直前の金曜日)です。
小斎は、肉類を食べないことですが、各自の判断で償いの他の形式、とくに愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行をもって代えることができ、満14歳以上の人が守ります。 小斎を守る日は、灰の水曜日、聖金曜日(復活祭直前の金曜日)、祭日を除く毎金曜日です。
クリスマスを迎える準備をする祈りの期間です。日曜日を4回含み、11月30日の聖アンデレの主日に最も近い日曜日から始まります。教会の典礼暦はこの待降節から始まります。
キリストの、死からの復活を記念する日です。キリスト教では、イエス・キリストが十字架にかけられて死後3日目によみがえったことを「復活」と言います。(蘇生ではありません。) 復活によってイエスは神の子であることが立証されました。イエスの十字架において神は私たちの罪をさばき、罪をゆるして下さったことの保証としてイエスを復活させたのだと。この復活祭の祝いをとおして私たちを清め、いつの日にか私たちを永遠の命に導いてください、と祈ります。
神の恵みが人に授けられる事です。司祭が信徒たちの頭に手をおくのも、そのひとつです。
「最後の晩餐」として知られる有名な夕食の後、イエスが弟子たちに対してパンを取り、「皆、これを取って食べなさい。これはあなたがたのために渡されるわたしのからだである。」また、ぶどう酒を取り、「皆、これを受けて飲みなさい。これはわたしの血の杯、あなたがたと多くの人のために流されて、罪のゆるしとなる新しい永遠の契約の血である。これをわたしの記念として行いなさい。」とおっしゃいました。カトリック教会では、これを記念して、ミサの中で聖体とぶどう酒をいただきます。 これは洗礼を受けていない人は参加できません。
三位一体の第三位格です。父と子と区別されますが、存在においてはひとつ、同等、父と子と同じ永遠です。聖霊は父からだけではなく、子からも唯一の原理からのように、唯一の吹発(single inspiration)を通して発生します。人の目には見えませんが、自然に存在する一切のものを動かす“不思議な力”をさします。 イエス・キリストが復活して50日後、すなわち第7日曜日に聖霊が降臨したことを記念する日を「聖霊降臨祭」といいます。
カトリック教会では聖母マリア(神の子イエス・キリストの母=神の母)は神から選ばれた特別の女性とあがめられています。マリアは人間としての原罪を持っておらず、また死後は肉体のまま昇天したという「聖母無原罪・被昇天」の教義です。聖書の中には直接の根拠はありませんが、教会はマリアに恩恵が充満していた事(ルカ1:28)から論証されています。聖書よりもむしろ何世紀にも渡って伝達されてきた口述伝承の一部であり、よってこの教義は神からの啓示として認めています。 8月15日は「聖母被昇天」の祭日です。