by  主任司祭 L・ゴーセンス

 

空っぽの墓に入ったペトロともうひとりの弟子についてヨハネ福音者は次のように反省を記している。「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書のことばを二人はまだ理解していなかったのである。」(20:9)つまり、十字架上で殺されたナザレの男は命への導き手となったことを納得するためには旧約時代のヘ
ブライ人たちの信仰とそむきを伝えている物語に登場して迫害された預言者たちが何とか形で神から救われていくパターンを悟らなければならないメッセージをヨハネは強調している。

同じようにルカは主イエスがエマオへの道で二人の弟子を厳しくしかったことを伝えている。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入ることになっていたのではないか。」要するに、神の計らいにはよく逆転が起こって、そのなさり方は人びとの思い込みと根本的に違っていることは旧約聖書に学ぶべき事実である。それを認めて受け容れたら、みことばによって心が燃え上がり、主イエスに養われ、暗闇の中でも良いメッセージをもたらして出向いて行く。信仰と祈りを分ち合い、連帯をもって物を共有する共同体となり、福音の証を立てる運動体として普遍的に発展する初代教は使徒言行録に描かれている。

ところが、ビッグ・データの分析をもってピケティ氏に裏付けられた格差は貧困を起している現象だけではなく、サスキア・サッセン氏が示しているように金融機関の支配によってたとえ底流の弱者は失業者の統計からも消され、社会保険や生活支援を切られて使い捨てられる絶望に落とされてしまう。又、インドでローンを返せなくて
だまされた百姓数十万人も農薬を飲んで自死を選び、日本では仕事のプレシャーが原因で妊婦の25%は流産か死産をしてしまう悲劇がある。又、政府は発展途上国への援助予算を使って日本の武器産業の輸出を促進している。原発の害器物や猛烈の毒である「死の灰」を次の世代に譲るということは政治家のとんでもない皮肉の態度を表し、冷酷な排他の極めでもあると言わざるを得ない。

しかし、戦争が出来る「普通」の国の軍備を目指している安倍さんの「積極的な平和主義」をアメリカさえ嘘と見なし、アジアとのバランスを崩す彼の政策のため実際困っているそうだ。安倍さんが権力の座から下ろされてもいいぐらいほどといううわさはフィクションではないだろう。悪から善への逆転を待ち望む信仰は復活祭らしい期待であるし、神が準備してくださる良い業の可能性に満ちている現代状況を見分けつかんで実行に移そう。永遠のいのちを「信じてやり通せ」、次の50年間にも!