正義と平和委員会  中村保夫
 

明日を生きるためには過去を振り返らなくてはなりません。1986年に、日本の司教協議会は、日本人として、また日本の教会の一員として、第二次世界大戦中に日本がもたらした悲劇について反省と謝罪を行いました。さらに、戦後50年司教団メッセージ「平和への決意」、同60年メッセージ「非暴力による平和への道―今こそ預言者としての役割を―」、同70年メッセージ「平和を実現する人は幸い―今こそ武力によらない平和を―」を公にし、その平和への政治的取り組みを行ってきました。これは、第二バチカン公会議以後のカトリック教会の人間の命と尊厳の問題に積極的に取り組もうとする方針に沿ったものでもありました。

教会の中には、司教団の政治的姿勢に否定的な考えもあり、政教分離の精神に反するという指摘もあります。これに対して、司教団は次のように述べています。「教会は人間の命と尊厳に関する問題に沈黙できない。最近の日本の政治の流れが、将来の私たちの生活の場での、まさにこの問題となる危険性をはらんでいる。そして、“政教分離”とは“政治と宗教の分離”ではなく、“国家と教団の分離”を意味していて、特定の宗教団体が国家と権力支配・被支配の関係に入ることを禁じているのである。むしろ私たちは信者としての良心に基づいて政治活動を行う権利と義務を持っているのである。」(今こそ武力によらない平和を―安全保障関連法の施行にあたって―、2016年4月、日本カトリック司教協議会、常任司教委員会)。 この文全体のタイトル「政治生活ヘの参与は道徳的な義務です」(教皇フランチェスコ「福音の喜び」より)はこのことを力強く表現しているのです。
人間の命と尊厳、つまり、基本的人権がこれまでどのように脅かされてきたのか、少し長くなりますが、これまでの松原教会報「鐘」から、引用してみます。原文が書かれた時期も大事ですし、原文の迫力には当然及びませんので、どうぞ原文を読んでみてください。

「鐘」2006年6月号No.432千葉胤高さん―手遅れにならないうちに ― (引用の引用です。とても有名な言葉です。)
反ナチ指導者として有名で、1937年に処刑されたマルチン・ニーメラー牧師の言葉です。
『― 手遅れにならないうちに ―
・ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者ではなかったので何もしなかった。
・それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。
・それから学校が、新聞が、ユダヤ教徒がというふうに次から次へと攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行なわなかった。
・さてそれからナチは教会を攻撃した。私は教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかし、その時にはすでに手遅れであった。』
今すでに日本でも、私たちが知らないところで、圧迫され攻撃されている人々が出始めています。そのことに無関心であればいつかそれが教会に来た時に、手遅れになっているということです。

次は、「鐘」1995年10月号No.311 塩谷信三さん ― 戦争と洗脳 何が彼等をそうさせたか ―
私は1920年2月29日生まれの老いたる「やまとをのこ」(日本男子)である。・・・(中略)・・・
私は二十代の貴重な八年間を戦争とシベリア捕虜生活で失っている。私は今でもこの犠牲を通して、戦争体験を語りたいと思っている事柄を幾つか心に抱いている。その中の一つが前掲のテーマである。・・・(中略)・・・
我々「やまとをのこ」は物心つく頃から親より、亦小学校に入学しては所謂天皇制教育により大和魂を徹底的に叩き込まれた洗脳の産物なのだ。
時恰(あたか)もオウム真理教の残忍あくなき無差別殺人ないしは教団の実相が次から次へと暴かれつつある昨今、オウム教団の「それ」とは何か似ているとは思いませんか。洗脳のメカニズムには多少の相違はあるにせよ、人間喪失がもたらす怖さ、その被害の恐ろしさには何ら変わりないのである。…(中略)…
我々は洗脳によりエスカレートした戦争の悲惨さを忘れてはならないのだ。そして我々は将来如何なる状況下にあっても、二度と戦争協力者であってはならない。

塩谷さんの言われる洗脳とはまた違った恐ろしさを昨年教えられました。フィリピンにおける日本軍の慰安婦達に関する証言を集めたDVD「ロラたちに正義を」を見ました。慰安婦にされた現地の方々の悲惨な証言には胸を打たれましたが、別な意味で印象に残ったのは日本側の慰安婦関係担当者の正直な訥々とした証言でした。この人は善良でまじめな人で、部下の若い兵士を思いやり、現地の人にも可能な限り、温かく接したようです。戦後BC級戦犯として収容されていた時、台湾から連れてきた慰安婦が差し入れをしてくれたという、彼の人柄を表す話もありました。しかし大事なのは、善良そのものの彼の口からは慰安婦達の基本的人権にかかわる話は全く出てこなかったことであります。これはとても恐ろしいことではないでしょうか。
現在の日本の状態は憂うべきものと思います。ヒトラーは完全に民主的な制度のもとで、国民の多数に支持されて政権に就いたのだということを私たちは忘れてはならないでしょう。今回の参議院議員の選挙では有権者の年齢が引き下げられました。新しく有権者になった世代の投票率は全体より低かったのだそうです。選挙の結果そのものよりも、私が一番心配する点です。