主任司祭   ゴーセンス神父

他人を他人として認めないで、対話ができなくて、人権を侵害し、人の尊厳を尊重せずに、他人を排斥することは結局暴力へ導き、搾取と殺し合いに終わってしまう「第三世界戦争」が部分的にすでに各大陸であっちこっち起こり始まっていると教皇フランチェスコはよく主張する。 
暴力に満ちている罪深いこの世の中で行き詰っている孤独な私たちのためにナザレの男は命をかけて、傷つきやすい「人の子」として人間の弱い条件を100%貫き、父なる神と人々を愛し、妥協せず、悪に悪を返さず、非暴力の道を歩み、無防備となり、天のお父ちゃん「アッバ」の計らいにおいてその忠実な働きが救いとなるに違いないことを信頼し、十字架上ですべてを神にゆだねた。そのために「命への導き手」と定められた。その影響力である聖霊―愛の創造力そのもの―によって人が行ったすべての愛の業に永遠性が与えられるから、人生の意義は完成されるし、復活の命の至福を楽しめるような見通しができて、皆さん、おめでとうございます!
 ところが、同伴者である主イエスの道を辿り始めた受洗者を新しい姉妹として受け入れ、始まる入門講座の参加者を歓迎し、聖霊降臨祭の受堅者がキリストの体である教会の神殿に生きている石として組み立てられ、イエスのあかしびととして共同体によって派遣されていくことは復活節の毎年の喜びではないか。
 それぞれの掛け替えのない賜物を生かし、役割を果たしながら、生きがいを見つけて神が整えてくださる良い行いを実施することによって神の愛の計らいの協力者になる。典礼にふさわしい場所であるカトリック松原教会の聖堂のリニューアル工事の間に、信者は素朴な環境でみ言葉を語り掛けられ、主イエスの食卓へ招かれて福音的な奉仕へ遣わされるような恵みである典礼の本質をより熱心に味わうことが出来れば、今年の復活節もその実を結んでくれるように期待して祈りつつである。