助任司祭  オノレ・カブンディ
 

主のご復活おめでとうございます!
自分の人生の歩み、喜びと悲しみ、人との出会いと別れ、成功した試みと失敗に終わってしまった努力、つまりこれまでの辿ってきた道のりを振り返ってみると、私は「すべては恵みだ!」という幼いイエスの聖テレジア(小さき花のテレジア)の言葉が心に浮かびます。
幼い時から神の慈しみとまことによって生かされていることを固く信じてきた私は、終生誓願の時や司祭叙階の時に恐れの気持ちを抱いたことがありました。自分の弱さと失敗を恐れ、生涯、神から頂いた使命を最期時まで果たしていくことは自分の努力だけではとてもできないと思ったからです。神がパウロに言われたように「(恐れるな!)わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(二コリント12:9-10)とお祈りをする私の静かな心に神は語りかけました。終生誓願の言葉でもあったこの聖句を、ときには胸に手をそっとあてて、この力強い神の言葉を私は小さく声に出してみます。
小学生の頃、初めて自転車の練習をした時のことをよく覚えています。「怖い!倒れる!」そう叫び、父は「Aimé=私のニックネームだった(その意味は:愛されている)、恐れることはない、パパが後ろにいて、倒れそうなら助けるから」と。そしてパパの言葉を素直に受け入れ、いつも後ろに倒れないように支えてくれることを信じ、恐怖心を克服して新しいことに挑戦していく自信をもつことが出来ました。神様に対する信頼も同じだと思います。恐れがあると、一人で暗いトンネルに入ったようで、誰も理解してくれないと息も詰まります。そんな時に、慈しみとまことの神は「いつもそばにいるから恐れるな!」と言われます。
人生には様々な局面がありますが、自分のありのままを神様の御手に委ねて、恐れを覚えることが心からなくなれば、人生が変わっていきます。失敗した時にも、思う通りに物事が進まない時にも私は神様に頼り、神を信頼し切っています。そうしないと私の魂はまるで風船から空気が抜けたように萎えてしまうと感じます。人生は短いものです。どのような状態になっていても新しい一日を迎えさせてくださる神様は必ずその日に果たすべき使命を与えてくださることを信じ、出会う人々の中に神が宿っていることを大切にして思いやり、できる範囲で助けを求める人には慰め、力と支えを与え、新しい希望のよりどころとなりますように。
松原教会での司牧奉仕を通して多くのことを学ばせていただきました。祭司職のデビューを松原教会でさせていただいたことはお恵みでした。与えられた務めを当たり前に果たせるようにと努力してきました。これからも皆さんの支えと友情を確信しながら、ご一緒に神の民として歩み続けたいと思います。互いの失敗や欠点を受け入れ合い、兄弟姉妹として神の国の実現に向かって、イエス様の福音の価値観に従って過ごしましょう。
私たちは一人ではありません。私たちと共に歩むことを最上の喜びとなさる神がいるのです。松原の皆さん「私の至らなかった点をお詫びし、皆様が支えてくださったことにお礼を申し上げます」。
全ては神様のお恵みです。