助任司祭  オノレ・カブンディ
 

日々の生活では何を大切にすればよいのか。私たちの生活は何によって方向づけられているのか。何が私たちの真の自由と喜びと愛を育ててくれるのか。信じている神はどのようなお方なのか。最近の黙想会ではこれらの質問を参加者と考えます。なぜかというとこれがはっきりすることによって喜びはより大きくなりますし、信仰もより深くなるからです。私たちが最も大切にしているものから自分の信仰が見えてきます。そして、その信仰は日々の生活を照らしてくれるのです。
ご存じの通り、教皇フランシスコは昨年12月8日から今年の11月20日までの一年を「いつくしみの特別聖年」として定めました。これは大きなお恵みの年として受け止めています。イエス・キリストがこの世に来られ、行なってきた御父からの使命とは何かといえば、貧しい人に福音を告げ知らせること、捕らわれている人を解放すること、目の見えない人の視力を回復させること、圧迫されている人を自由にすること、そして、主の恵みの年を告げることです(ルカ4・18-19)。この五つの要素の最後に「主の恵みの年」というのはまさに「いつくしみの特別聖年」と考えればいいかもしれません。
この一年を通して真の神のみ顔、真の神の性質は何なのかと深めればと思います。聖書、特に旧約聖書の神はしばしば、「厳しくて、恐ろしい神」であると人々は言います。しかし、慌てず聖書をじっくり読み、学ぶことによって、神が憐れみ深いお方であり、ご自分に立ち帰る人には憐れみの手を伸ばされるお方であることを悟ることができます。教皇フランシスコは父である神のいつくしみのみ顔を完全に表してくださったイエス・キリストに目を向けさせます。
この聖年の間に経験すべきなのは無差別にすべての人に心を開くことです。そして、不安定で苦しい状況の中、もう声を上げることのできない多くの人の叫び声に関心をもって耳を傾けること。
教皇様によりますと、この世の豊かな人の無関心によって貧しい人の叫びが小さくかき消され、それ以上声が出せなくなってしまいました。無関心は現代社会の主な罪です。それに対して、私たちは助けを求める人々の叫びに耳を傾けるよう呼びかけられています。彼らの叫びが私たち自身の叫びとなりますよう。